見ざる聞かざる言わざるの三猿の悪事意味とは?もう一匹いた4匹目の猿伝説??

      2017/03/21

出展:lunalinalunalina

出展:lunalinalunalina

こんにちは!パッシーです!

Passy&Bossy(パッシーアンドボッシー)は新しい、Happpyライフスタイルを提案しています!

人の人生はその人の思考や感じ方で本当に変わってしまうのです。
思考が変われば世界も変わる!

これは本当なんですね!

ヒト・モノ・コトが変わるということは自分が居る環境も変わるのです!

自分自身の在り方を考えていくブログでもあります!

そして・・・

なかなか知りたいけれど実際はどうなの?

際どいところもちゃんと意見として言える、”真実のブログ”にもして行きたいなと思っています!

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「見ざる聞かざる言わざる」ということわざを一度は聞いたことがあるのではないでしょうか?三匹の猿が、それぞれ目、耳、口を両手でふさいでいる彫刻や置物は有名ですよね。

普段からよく目にする三猿ですが、「見ざる聞かざる言わざる」の意味をご存じでないという方もいらっしゃるのではないかと思います。

今回は、三猿の意味とその由来とは??

本当は四猿だったという話もあるみたいですよ!!パッシーもびっくりデス!

日光三彫刻の言われているのが「想像の象」と「三猿」と「眠り猫」です。

その中で最も有名なのが「眠り猫」ではないでしょうか。最近は「三猿」も人気があるようですが、「眠り猫」は小さな彫り物だけに格別なものがあります。

⇒日光東照宮の眠り猫の歴史の秘密とは?【世界遺産】

三猿の彫刻の場所

日光東照宮には、「神馬(しんめ)」と言う神様に仕える馬がいます。

そして、その神馬が休む「馬小屋」が日光東照宮の境内にあります。

この三猿の彫刻は、「神厩舎」と呼ばれる馬小屋の屋根の下に彫られています。

日光東照宮の「神厩舎」の場所は、五重塔近くの表門を入って、左手スグになります。

出展:http://www5f.biglobe.ne.jp/

出展:http://www5f.biglobe.ne.jp/

三猿は悪事を意味している?日光東照宮にある三猿の教えとは

神厩舎・三猿(しんきゅうしゃ・さんざる)【重文】

神厩舎は、ご神馬をつなぐ厩(うまや)です。昔から猿が馬を守るとされているところから、長押上には猿の彫刻が8面あり、人間の一生が風刺されています。

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中でも「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿の彫刻が有名なんです!

「三猿」は物語形式で人の生き方を教える手本である!

三猿とは、ストーリー性のある8面の彫刻で構成されています。

母子の猿

1面 母猿が手をかざして子猿の将来を見ている。

小手をかざして遠くを見ている母親は、空間としての遠方ではなく、時間としての遠方、子供の将来を見ている姿なんです!

母親が子供の未来を遥かに望んでいる場面です!
批杷(びわ)色と朱色の雲は「バラ色で実り豊かな」子供の未来を暗示しているそうです。

出展:lunalinalunalina
見猿 聞か猿 言わ猿

2面 有名な三猿の場面。3匹の猿がそれぞれ耳、口、目をふさいでいる。

一番有名な三猿の彫刻です。
目・口・耳をふさぐ猿は幼年期の猿で、

幼いうちには純真で周りの影響を受けやすい。
だから世の中の、悪いことは見聞きせずに、悪い言葉を使わせずに良い物だけ与えよ。

この時期に良い物を身につけておけば、悪いものに触れても
正しい判断、行動が出来る。

という教育論の意味が込められています。

<見猿 聞か猿 言わ猿>

出展:lunalinalunalina

追記:2017年3月10日、世界遺産・日光東照宮の国宝「陽明門」が約40年ぶりの大修理を終え、ついに!!
色彩鮮やかによみがえった至宝が一般公開されました!

陽明門と一緒に修復された、見猿 聞か猿 言わ猿の写真です。

⇒日光東照宮 陽明門の秘密!公開日2017年ついに40年ぶりの平成大修理完了!【パワースポット】

座っている猿

3面 座っている猿の姿。一人立ち直前らしい。

1匹の座った猿。(未だ立つことはない)

どことなく寂しそうなのは、孤独に耐えつつも、これからの人生
(将来)を考えている。
やがて立ち上がれば自立して一人立ち出来るのです。
精神的にも肉体的にもレベルアップします。

出展:nengajyo101.

出展:nengajyo101.

上を見上げる猿

4面 猿は大きな志を抱いて天を仰ぐ。青い雲が「青雲の志」を暗示。

2匹の猿が上をみあげてますが
右側の方角の雲が青く塗られていることから
青雲の志を抱く青年期の象徴とされています

出展:yaplog.jp

出展:yaplog.jp

下を見る猿

5面 猿の“人生”にはがけっぷちに立つときも。迷い悩む仲間を励ます友がいる。

3体の猿のうち、まん中の猿は下を向いています。
これはちょうど人生の崖っぷちに立たされた状態
左の猿が慰めるように側に寄りそっています。

 

出展:rubyred-cran

出展:rubyred-cran

物思いにふける猿

6面 物思いにふけっている姿、恋に悩んでいるとか??

座ってお腹の前で交差させ証明を凝視している。
左側の猿は何かを考え決断を迫られている。

右側の猿は結婚の決心を決めた猿
一方の猿は、未だそれに至っていない状況なのかもしれない

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新婚の猿

7面 結婚した2匹の猿。大きな荒波の彫刻は、これから夫婦で乗り越えてほしい。

この2匹の猿は新婚の猿
まさに第二の人生を二人手をとりあってこの荒波を乗り越えていきましょう。

左下に逆巻く波、右側の根本には薔薇の花
左側の猿は長い左手を波にさしのべ、左側の猿は腕組をしています。
二匹とも、波を見つめています。
左側の猿の上には赤い雲があります。

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妊娠した猿

8面 ラストはお腹の大きな猿。やがて母親になって1場面へと戻る。
結婚した2人が荒波を乗り越えて、平安な家庭環境を整え、
子宝に恵まれ、子供が生まれると親になる。
最初の面の子育てへと辿ることになるのです。

幼少期に在るべき環境を「長春(バラの別名)」が象徴しているのです。

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見ざる聞かざる言わざるは三猿の他にもう一匹いた??

三猿は日本の文化ではない?

実は三猿は日本発祥の文化ではなく、8世紀頃に中国から伝わったとされています。

『論語』という漢の書物の中に「非礼勿視、非礼勿聴、非礼勿言、 非礼勿動」という一節があります。

これはようするに「礼に背くものは見ない、聞かない、言わない、しない」といったことを意味したものです。

こうした「不見、不聞、不言」の教えが天台宗の僧から伝わり、今のような日本の形になったと言われています。

また、博多陶というサイトでは各国の三猿について以下のような記載がありました。

インドのマハトマ・ガンディーは常に三匹の猿の像を身につけて「悪を見るな、悪を聞くな、悪を言うな」と教えたとされており、教科書などに「ガンディーの3猿」が掲載されています。

またアメリカ合衆国では教会の日曜学校などで、三猿を用いて、猥褻なものを見たり、性的な噂を聴いたり、嘘や卑猥なことを言わないよう諭すことがあるそうです。

ヨーロッパでは三猿は、厄除けをしてくれることから、三賢猿 と呼ばれてるそうです。

出典:http://homepage2.nifty.com/touyuu/eto/saru2.htm

日光東照宮の三猿は世界的にも有名ですが、三猿というモチーフ自体が世界的に知られていますので、日本限定の考え方というわけではないんですね。

三猿ではなく、4匹目の猿が居て、「四猿(しざる)」だった?

日光東照宮の三猿は、「三猿(さんざる)」としてその名を知られていますが、元来、実は4匹目の猿がいたのです。

と言うのも、この三猿の思想は、中国から日本に伝わった思想で、中国では「4匹の猿」で1つの意味合いを成すセットだと言うのです。

つまり、中国では「三猿」ではなく、「四猿(しざる)」と言うそうです。

中国の四猿が指し示す「意味・由来・歴史」

中国では、四匹目の猿を、こう呼んでいます。

四猿と書いて、『せざる』と呼んでいたそうです。

その意味とは、「せざる=しない(=浮気をしない)」と言うことだそうです。

つまり、「余りある欲は、災いをもたらす」と言った意味合いになります。

一番右端の股間を両手で覆っている猿が「四猿」です。

しかし、日光東照宮の「神厩舎」の上には、どこにも4匹目の猿などいません。

これはいったい、どういうことでしょう??

出展:xn----107

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なぜ日光東照宮には、「四猿」が存在しないのか?

日光東照宮は、故人となった「徳川家康公」をお祀りするために、建てられました。

つまり、見る者が失笑するような姿の四猿の像は、

あまりにも品位にかけ、家康公が静かに眠る聖なる地に、ふさわしくなく、無礼である

と言ったことが原因であったと言えます。

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猿と馬の歴史と物語!その1

実は、あまり知られていませんが、日本には、「陰陽五行説」と言う思想があります。

陰陽五行説とは何か?

「陰陽五行説」とは、中国の春秋戦国時代から日本に伝わった思想のことです。

紙や羅針盤に描かれた「木、火、土、金、水」や「甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸」など相対的な関係図を基本として、これからの「天候」や「起こりうる事象」を解決する手段として用いられた占いのようなものです。

この陰陽五行説によると、

  • 「馬」は「火」
  • 「猿」は「水」

に、相当します。

つまり、陰陽五行説では、猿は馬に降りかかる火の粉を水の力で振り払う、いわゆる、厄災や病気から馬を守ると言うことが言われているのです。

猿と馬の歴史と物語!その2

これは室町時代から伝わるお話です。

まだ人と馬が密接な関係で共存していた時代のことです。

山あいの「とある村」の「民家」では、馬を飼っていました。

その民家で飼っていた馬の体調が悪く、元気が無い時に、たまたま馬小屋に「猿」が入った来たそうです。

翌日、馬が声高らかに、元気に吠えているのが分かりました。

このお話の噂はたちまちのうちに広まり、室町時代やそれ以降の時代では、「猿と馬を馬小屋で一緒に飼う」家が多くなったそうです。

そして、平成になった現代でも、実はまだ「陰陽五行説」の思想が生きていて、「四柱推命 」と言う名前に変わって有名になっています。

「神厩舎」に猿の彫刻を彫った作者って誰?

実は、「神厩舎」に彫られている三猿を含めた彫刻は、作者はいっさい不明と言われています。

しかし、この日光東照宮が建てられた際、延べ20万人と言う腕利きの彫刻家が、この日光の地へ、寄せ集められたと言います。

つまり、特定の1人の彫刻家ではなく、複数人にも及ぶ合作であったと言う説です。

そして、その他にも説があります。

その説とは、なんと!

あの眠り猫で有名な「左 甚五郎(ひだり じんごろう)」の作では、ないか?

と言われている説です。

このように、日光東照宮には、メッセージを表現したような彫刻がたくさんあります。

三猿に関しても、単なる木彫りの彫刻です。

しかし、彫刻の伝えたい意味(メッセージ)を紐解いて行くことで、彫刻を作った人物の人物像や生きた時代の思想がイメージできます。

はたして、日光東照宮を建立した人物というのが、どのような人物であったのか?

また、その人物がどのような思いを込めて、この日光東照宮を建てたのか?

このように日光東照宮の歴史や、その時代背景など考え、理解を深めながら参拝することで、より深みのある参拝ができます。

遠い過去からのメッセージを、紐解きながら彫刻を見てみてください。

彫刻が少し違ったものにも見えてきやませんか?

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