アマテラス(天照大御神)は天皇の祖先なの?タカミムスビ(高御産巣日神)である説の真相とは?

   

出展:bonvoyagejapan

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天孫降臨神話から天照大御神は本当に皇祖神になった?

『古事記』『日本書紀』神話は、天孫降臨神話を核にした神話であり、『記紀』の最終的な編纂は八世紀初頭ですが、その材料が文字化されたのは七世紀であると言います。

その七世紀に記録かされた資料のなかには、四世紀以前から伝えられてきた神話伝説が、いくらか形を変えながらも豊富に盛り込まれているのです。

大国主神が地上の国を完成させたとき、天照大御神は「地上の国は本来天の神が治めるべきである」といい、高天原から建御雷神(たけのみかづちのかみ)などを遣わせて、大国主神とその息子たちと交渉を行った(国譲り)

交渉の結果、地上の国に、天照大御神の孫の邇邇芸命(ににぎのみこと)が天下ることになりました。
これを「天孫降臨」と言います。

⇒天照大御神は実在したの?日本の神話が凄い!【古事記】

邇邇芸命の子孫が天皇家だと言われているので
天照大御神は「天皇家に日本の支配権を与えてくれた」神さまということで特別に崇拝されているようです。

天照大御神は太陽の神であり、神武天皇はその子孫であるという事です。

天照大御神は本当に皇祖神なのか?

しかし、本当にアマテラスは皇祖神なのでしょうか?

この点、決してそうではないというのが多くの学者の指摘するところらしいです。

ヤマト王権が成立する以前から、各地の首長によって祀られていた「日神(ひのかみ)」が、王権の成立とともに集結し、一元化された結果、生み出されたものとされています。

日本のみならず、太陽崇拝は世界中で見られる傾向です。
エジプトのラー、ギリシャのアポローン、ヒンドゥーのヴィシュヌなどもそうですし、クリスマスですらその原型は世界中で祀られる冬至祭の一つにすぎません。

このように原アマテラスは日本中に存在し、その痕跡も多く見つかっています。

それでは皇祖神はいったい誰なのでしょうか。

高御産巣日神が皇祖神?

ここで歴史民俗学者の岡正雄や古代文学者の松前健らは、タカミムスビこそが皇祖神であるという説があります。

「タカミムスビ」とは、日本神話の神である。別天津神の一柱です。

『古事記』では高御産巣日神(たかみむすびのかみ)、『日本書紀』では高皇産霊尊と書かれる。

また葦原中津国平定・天孫降臨の際には高木神(たかぎのかみ)という名で登場するようです。

別名の通り、本来は高木が神格化されたものを指したと考えられているのです。

「産霊(むすひ)」は生産・生成を意味する言葉で、神皇産霊神とともに「創造」を神格化した神である。

女神的要素を持つ神皇産霊神と対になり、男女の「むすび」を象徴する神であるとも考えられる

『古事記』では即位前の神武天皇が熊野から大和に侵攻する場面で夢に登場し、さらにアマテラスより優位に立って天孫降臨を司令している伝も存在することから、この神が本来の皇祖神だとする説もあるようです。

皇室の公然たる氏神である以下の八柱の神を「御巫八神(みかんなぎはっしん)」といいます。

  • 神魂   (かみむすひ)
  • 高御魂  (たかみむすひ)
  • 生魂   (いくむすひ)
  • 足魂   (たるむすひ)
  • 玉留魂  (たまつめむすひ)
  • 大宮乃売 (おおみやのめ)
  • 大御膳都神(おおみけつかみ)
  • 辞代主  (ことしろぬし)

仮に皇室の祖が大陸から渡ってきたとした場合には、父権的北方シャーマニズム文化に属するものであり、祖神は男性神である必要があります。

これに対し、古来より日本列島に見られる母権的アニミズム文化から生まれる女性神が融合した結果、アマテラスは誕生したのでした。

そもそもアマテラスは男性神であった可能性があるようです。

⇒アマテラス(天照大御神)の性別はいつから女性になったのか?【古事記】

天皇家は伊勢神宮を祀るために、皇女を斎宮として出していました。

アマテラスの別名である「大日女尊(おおひるめのみこと)」、「大日霊(おおひるめ)」、「大日女(おおひめ)」は、いずれも本来太陽神に使える巫女を表しています。

祀る者がいつの間にか祀られる側に置換される・・・

これも歴史や宗教のおもしろいところであります。

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では「タカミムスヒ」から、いつ「アマテラス」に変わったのか?

それは七世紀末から八世紀はじめにかけてのころだったと考えられている。

アマテラスがいつ皇祖神の地位に就いたかという問題は、戦後から議論されて来た。

「日の神を祭る地方神の社であった伊勢神宮が、皇室の氏神社の地位にのぼったのは奈良時代初期前後である。」という40年以上も前の直木孝次郎氏の説が、ほぼ通説として定着している。

つまり、七世紀まで伊勢神宮は地方神をまつる神社だった。

また、伊勢神宮の歴史は・・・

1・伊勢神宮は、初め太陽神を祭る地方神の社であった。

2・六世紀前半頃に皇室と密接な関係が生じ、皇室の崇敬を受けるようになった。
その理由としては、伊勢は古くから、海路で東国地方へ渡る際の交通の要衡であり、東方発展の基地として重視された。また伊勢は大和の東方に当たるため、太陽神の霊地として考えられていた事がある。

3・地方神であった伊勢神宮が、皇祖神を祭る神社に昇格したのは奈良時代前後である。
昇格の契機としては、壬申の乱(672年)における神宮の冥助、アマテラスの加護が考えられる。

701年の大宝律令の制定にいたる七世紀後半は、五世紀前半に次いで日本の歴史が大きく動いた時代である。

この時代におきた変革は、氏族国家から官僚制的中央集権国家(律令国家)へという、国家体制の変革であり、今までその豪族が一般市民を支配し、その豪族達を大王が支配する間接的支配であったのを、大王が直接全国の人民を支配するものである。

それは、天智・天武天皇から始まった。
それは、天武天皇の歴史書の編纂と、支配層の基盤である「氏」の組織の変革「姓制度」の改革がアマテラスの皇祖神化と密接にかかわっている。

現在も多くの人が「アマテラス」が最高神であると信じられてきた理由のなかで『古事記』の存在が大きいだろう。

この『古事記』の編纂に、天武天皇が直接関わったとみる見方は、現在多数の意見だという。

・七世紀末には中国から律令制を導入して、古代国家としての体裁を整えた。

・倭を「日本」と改め、大君と呼ばれていたのを「天皇」を名乗るようになった。

・身分制を超えた<現人神(あらひとがみ)>として、身分制そのものの創出者として君臨した。

古代天皇制国家の支配体制を確立したのは、万世一系を自称する天皇制の第40代を名乗った天武天皇であった。

クー・デターで政権を握った天武は、神武天皇以来の皇統を唱えて伊勢神宮を中心に神祗体制を整え、即位礼として大嘗祭を創出した。

天武の命によって着手された『古事記』『日本書紀』の神代篇は、神話や伝説によって天皇の神格化を裏打ちする目的でもって編纂されたことは、

戦前から喜田貞吉らの先進的学者によってすでに唱えられていたのである。

夫である天武天皇の死後、皇位を継承したのは天智天皇の皇女である持統天皇でしたが、本来の後継者たるべき息子の草壁皇子が急死したにもかかわらず・・

皇統を孫の軽皇子(将来の文武天皇)に継がせたかった持統天皇は、天孫降臨のエピソードを一部書き換えて、持統天皇から将来続くであろう皇統の正当性を主張したのだとされています。

当時は日本書紀が編まれていましたが、本来、天智天皇の息子である大友皇子を討って皇位を勝ち取った

天武天皇の正統性を示すために綴られた日本書紀に一部修正の必要が生じたのかもしれません。

ですから・・・そこで語られている皇統譜も、

その初期は完全なフィクションであって、皇祖・神武天皇も実在しないことは、今日ではもはや常識となっているようです。

出展:www.m-gakusei.com1000×935画像で検索

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編纂当時の祭祀

八神殿(はっしんでん)は、日本の律令制下で古代から中世の間に神祇官西院に設けられた、天皇守護の八神を祀る神殿である。

『古語拾遺』によると、初代神武天皇の時に皇天二祖(天照大神・高皇産霊神)の詔のままに神籬を建て、高皇産霊・神皇産霊・魂留産霊・生産霊・足産霊・大宮売神・事代主神・御膳神を奉斎したといい、編纂当時の祭祀はこれに始まるという

アマテラス(天照大御神)が含まれていないことも特徴の1つで、『日本書紀』ではアマテラスは第10代崇神天皇の時に宮廷外に出された(のち伊勢神宮)だったとするが、

通説では実際にアマテラスが最高神に位置づけられるのは7世紀後半以降であり、それ以前の最高神は「タカミムスヒ」(高御産日神/高皇産霊尊)であったとされると言われているのです。

月次祭は、皇孫である天皇が、皇祖神である宮中の「八神殿」で祭られている「タカミムスビ」を筆頭とする「宮中八神」にその加護に対する感謝を述べる祭りがあるようです。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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